マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕沖方丁
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なぜ私なの?

賭博師シェルの奸計により少女娼婦バロットは爆炎にのまれた。
瀕死の彼女を救ったのは、委任事件担当官にして万能兵器のネズミ、ウフコックだった。
法的に禁止された科学技術の使用が許可されるスクランブル-09。
この緊急法令により蘇ったバロットはシェルの犯罪を追うが、そこに敵の担当官ボイルドが立ち塞がる。
それはかつてウフコックを濫用し、殺戮の限りを尽くした男だった。



☆マルドックシリーズも沖方丁そのものも未読であるが、エンタテイメントSFとして迫力満点の力作だと感じた。ただし目を背けたくなるような猟奇な描写が多く、とても万人向けとは思えない。
 ヒロインである美少女「バロット」の設定からして凄い。殺害した女の遺灰で作った宝石をコレクションしている男の手に掛かり、焼き殺される寸前で奇跡的に救出。特別法の発動で超人的能力を持ったサイボーグとして生まれ変わる。救ってくれた医師、そして万能兵器であるネズミ型の生命体「ウフコック」とチームを組み、自分を殺そうとした巨悪と対決することになるのだが、彼女自身の能力も凄まじいが「ウフコック」と合体するととんでもない戦闘能力を発揮すると言うSF的設定が面白い。かつて「ウフコック」と組んでいた「ボイルド」との対決がラストだが、彼自身も同様なサイボーグで「ウフコック」と組んでいたが、濫用し過ぎて決別したのだ。これまでの人生で自分を弄んで来た男達への呪詛を晴らすかのように力を多用するバロットを見て、「ウフコック」と分離すると予測した「ボイルド」の読み通りとなり、力を失った彼女に向けられる巨大な銃弾、が、しかし、と言う次巻への繋ぎで終わる。あざといけど、最後まで読んだ人なら次を読まずにはいられないだろう。
 殺害した人間の体の一部を自分の体にコレクションしている猟奇殺人集団をバロットが粛正していくシーンの迫力は素晴らしいが、彼らが悪魔に魂を売り渡した理由を半生から描写しているのに注目したい。本作では全てのキャラクターにそれまでの半生が設定されており、極悪人であっても理解不能な人格ではないのだ。やはり白眉はバロットの法廷での証言シーン。若くして体を売り物にして男を弄ぶ悪女が、彼女を拾って施してやった富豪を貶めようとしたのだと言う弁護側の意図で、彼女の家庭が崩壊し施設に収容された過去を証言させられるバロット。父親との近親相姦を目撃して激怒し、父を殺害した兄。なぜ父に抵抗しなかったのかと問われて「愛しているから」。父も兄も家族として愛している、家族が崩壊したのは自分が悪かったからだ、とその後の人生でも彼女の行動原理となる贖罪意識の告白は感動的で、そんな彼女を生まれ変わらせ人格そのものも育て直そうとする医師や「ウフコック」の行動も本作の魅力である。
 恐らくこの物語の序章に過ぎない今巻でかえってこのシリーズに通底するテーマが見えて来たような気がする。それは人が人を愛することの素晴らしさである。例えどんなに汚れた悪女でも極悪人でも。猟奇的な内容に目を背けていては見えて来ないけれども、それが人の本性だ。


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