獄門島 横溝正史
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獄門島――江戸三百年を通じて流刑の地とされてきたこの島へ金田一耕助が渡ったのは、復員船の中で死んだ戦友、鬼頭千万太に遺言を託されたためであった。『三人の妹たちが殺される……おれの代わりに獄門島へ行ってくれ』瀬戸内海に浮かぶ小島で網元として君臨する鬼頭家を訪れた金田一は、美しいが、どこか尋常でない三姉妹に会った。だが、その後、遺言通り悪夢のような連続殺人事件が! トリックを象徴する芭蕉の俳句。後世の推理作家に多大な影響を与えたミステリーの金字塔!!


☆おお、これは見立て殺人ではないか! 横溝正史はヴァン・ダインの「僧正殺人事件」やクリスティの「そして誰もいなくなった」に触発されて、純日本風舞台で本作を書いたようだが、個人的にすぐ想起したのはFOGのゲーム「MISSINGPARTS sideA  the TANTEI stories」で最高傑作と評されている第三話だった。まあ「ミッシングパーツ」なんて普通の人は知らないだろうけど。
 戦地から復員する金田一が復員船の中で病死した男に手紙を託されて獄門島へやって来る。が、その男が最期にうなされるように、自分が帰らなければ3人の妹達が殺される、などと言っており、早くもミステリモード全開。そしてその言葉通り、三姉妹が次々に殺されてしまうのだが、それが芭蕉の俳句に見立てた殺害と言う、見事な見立て殺人。
 初めの殺害現場を見た和尚さんが「気ちがいじゃが仕方ない」と謎の言葉をつぶやくが、これも含めて冒頭からビッシリと張り巡らされた伏線の密度が凄い。今さら再読する時間はさすがにないが、ほとんど無駄なくコンパクトに構成された見立て殺人の本格ミステリと言う印象。横溝正史の最高傑作と言う評価をされる一方で、有名作ゆえに酷評も多く受けている様子。「つまらない」とする評は、大きく分けて次の2点らしい。①金田一が無能で、むざむざ三姉妹を殺させてしまっている。②殺人の動機が弱く納得し難い。
 こんな批判は結局本格ミステリと言うものがわかっていないのだと思う。社会派ミステリならいざ知らず、本格ミステリは謎解きを楽しむパズルなのだ。本書では「見立て殺人」と言う大きなテーマをいかに巧みに小説として組み立てるかが問題なのであって、名探偵が阻止してしまったら、せっかくの「見立て殺人」と言う趣向が成立しないではないか。さらに「見立て殺人」などと言う殺害方法は普通あり得ないわけであって、そこをいかにもっともらしく粉飾するか、と言うのが問題なのだ。そうゆう観点で読めば、この小説の構成の巧みさや随所に張り巡らされた伏線の見事さに感心しこそすれ、下らないケチを付ける気にはならないだろう。
 「獄門島」というタイトルが一番怖いくらいで、横溝正史作品で思い浮かべるおどろおどろしさはほとんど感じられない。金田一を初め登場人物がみな魅力的で、真面目一徹な島の警察官が金田一を怪しんで座敷牢に閉じ込めてしまい、その夜殺人が行われてしまったエピソードなど、ほとんど笑い話である。繰り返すが「本格ミステリ」=「パズル小説」だと思って読めば、現代でも十分通用する傑作と思う。くれぐれも余計な邪念を持って読まないことだ。海外のミステリではマザーグースの見立てだったのを、芭蕉の俳句でやってのけた、記念碑的作品。


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