三国志(八) 図南の巻 吉川英治
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劉備は、荊州から呼び戻した孔明の策をもって、ついに蜀を手中に収めて国家の基礎を固める。あせる呉に荊州の返還を迫られるも、留守を預かる関羽は拒絶。だが孔明は、魏の矛先を蜀から逸らすべく、あえて要求をのむ。その読み通り、合肥にて孫権と曹操は死闘を重ねる――。曹操、劉備はついに王に。興隆と乱戦の第八巻。


☆ある程度史実を基にしているのだから仕方がないのだけど、赤壁の戦いが終わり、天下三分の計もほぼ成って、やや盛り上がりに欠ける巻。戦いも起こってはいるが小競り合いに終始している感で、勝者側の武勇や計略より敗者側の拙さの方が印象に残る。そんな中最も立派な敗者と言えるのは、曹操の客将龐徳か。劉備側と内通してるのではないかと味方に疑われるが、そんな疑いを晴らすためにか棺桶を置き決死の覚悟を示した宴の後、誰もが恐れる関羽と雌雄を決すべく出陣。凄まじい大将同士の一騎打ちを繰り広げ一度は勝機を掴むも、彼に手柄を独り占めされる事を妬んだ楽進が撤退の合図をしてしまう。折からの長雨を高所に集め人為的に洪水を起こす策に破れるも、水連自慢の敵将周倉に救出され、楽進と共に関羽の前に引き出される。命乞いをした楽進は投獄されるが、劉備陣営に加わるよう薦められた龐徳は二君には使えずと自ら死を選ぶ。
 そしてこの巻では当然ながら皆年老いて来ていろいろと冴えなくなってしまうのが何とも哀しい。中には老いてますます盛んな黄中のような武人もいたであろうが、曹操や劉備も老いは隠せず、それぞれ「王」になって(劉備はいやいやではあるが)権威を身に付け、政治体制を整えていくのも、ある意味2人の老いを象徴しているのではないか。
 初めから結末のわかっている三国志だが、それでも読ませるのは吉川英治の筆力だろうか。


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