Xの悲劇 エラリー・クイーン
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ニューヨークの電車の中で起きた奇怪な殺人事件。おそるべきニコチン毒をぬったコルク玉という新手の凶器が使われたのだ。この密室犯罪の容疑者は大勢いるが、聾者の探偵、かつての名優ドルリー・レーンの捜査は、着々とあざやかに進められる。“読者よ、すべての手がかりは与えられた。犯人は誰か?”と有名な挑戦をする、本格中の本格。


☆本格ミステリの古典的名作として期待通り読み応え十分の作品だった。名探偵役のドルリー・レーンは引退したシェイクスピア劇の名優で、耳が聞こえないが読唇術を駆使する超個性派。何となく「安楽椅子探偵」のイメージだったが、中盤からは実に精力的に行動するのは驚き。で、舞台俳優だった強みを生かしては他人になりすましの変装をするのは面白いんだけど、あまり意味がなさそうなのがご愛嬌。事あるごとにシェイクスピア作品からのセリフを引用して煙に巻くし、犯人を推測してるのになかなか明かすとせず警察側をイラつかせる、けれんみだらけのアクの強い探偵だ。
 実はこのレーンのアクの強いキャラが一番面白かったのだが、本格ミステリらしく彼の推理が極めて論理的で、よく考えると「?」でもこれだけ演出たっぷりに種明かしされると、つい「なるほど」と納得させられてしまう。数日前に感想を書いた「悪魔が来りて笛を吹く」の、論理的推理なんかしない金田一耕助と好対照と思った。もっとも、だからレーンの方が金田一より優れているとは言えまい。つまるところ、国民性の違いであって、日本人的には理詰めで主張の強いレーンはとても好きになれず、どこか抜けた感じで人情味の感じられる金田一の方に好感を覚えると思うのだ。例えば本作での法廷闘争画面なんか正に欧米感覚で興味深かったけども、日本人的にはなじめない。薩摩藩的な「義を言うな!」が日本人の感性の根っこにあって、アメリカ人はこんな理屈っぽいのか、と比較文化論的に読むと興味が尽きないように思った。
 ともあれこの理屈っぽさこそ本格ミステリの醍醐味とも言えるわけで、小技的トリックをぎっしり詰め込み名探偵が鮮やかな推理を披露する本作が名作であることに異論はない。


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