翔ぶが如く (9) 司馬遼太郎
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熊本をめざして進軍する政府軍を薩軍は田原坂で迎えた。ここで十数日間の激しい攻防戦が続くのである。薩軍は強かった。すさまじい士気に圧倒される政府軍は惨敗を続けた。しかし陸続と大軍を繰り出す政府軍に対し、篠原国幹以下多数の兵を失った薩軍は、銃弾の不足にも悩まされる。薩軍はついに田原坂から後退した…。


☆西南戦争のクライマックス。単純な戦闘力では日本一強力だった筈の薩軍がついに敗戦の憂き目を見る。それにしても主要な人物がことごとく愚かに描かれ、史上まれに見る愚物同士の内戦だったかのようだ。そう、内戦だったのである。当時はまだ藩意識が強く、互いに反目し合うばかりで同じ日本人同士と言う意識はなかったにしても。有名な田原坂の激闘にしても、日本人同士が殺し合って互いに屍の山を築き上げたわけで、これだけでも双方の愚かさを示す惨劇だった。薩軍の大将西郷隆盛は頼みの桐野が戦闘は強くても戦略眼のない人物であったとようやく気付いた様子であるが、時既に遅し。正に堕ちた英雄とも言うべき西郷隆盛の影を冷徹に描き切った司馬遼太郎の凄みが光る。官軍側でも慎重を期して物量に物を言わせて勝ちきった名将に見える山県有朋は戦を知らぬ愚将で、援軍のおかげで何とかなったと言う描かれ方。その他この戦争で勇猛果敢に戦った猛将は数多くとも、英雄と賞賛されるべき名将は1人もいない。近代戦は1人の英雄の活躍で勝てるようなものではないと示しているとも思うが、それよりもいかに愚か者の日本人同士が殺し合う惨劇だったかを司馬遼太郎は描いている。
 大河ドラマ「西郷どん」がどんな描き方になるのか知らないが、何となく私達が持っている、西郷隆盛が明治維新の立役者である英雄だ、と言う思い込みはとんでもない見当違いと言う事を司馬遼太郎は見事に描き切っている。敗色濃厚になった終盤、西郷を快く思わない人達が吐いた呪詛の言葉を重く受け止めたいものだ。


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