世に棲む日日 (二)司馬遼太郎
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海外渡航を試みるという、大禁を犯した吉田松陰は郷里の萩郊外、松本村に蟄居させられる。そして安政ノ大獄で、死罪に処せられるまでの、わずか三年たらずの間、粗末な小屋の塾で、高杉晋作らを相手に、松陰が細々とまき続けた小さな種は、やがて狂気じみた、すさまじいまでの勤王攘夷運動に成長し、時勢を沸騰させてゆく。


☆今巻前半は吉田松陰が刑死して早過ぎる生涯を終えるまで。後半から彼の遺志を継いだ形の高杉晋作が登場。
 稀代の変人吉田松陰は最期まで到底常人には理解不能の奇行を貫く。彼の半生は獄中で過ごした時代の方が多いのではないかと思うくらいだが、わざわざ自己申告して罪人になってしまうのが松陰流、だが、獄中で他の極悪罪人たちに対しても頭が低く教えを請う彼の姿に感化された罪人達が皆各得意分野について誇りを持って立ち直り、松陰を師と仰ぐようになる。その上でまずは同獄の罪人達、さらには牢役人達に向かって時勢に関する自論を説いて、聞いた者全てに影響を与えたと言う、まるでマンガみたいな理想の教育者である。最後は幕府の牢役人に対して憂国の志を説き、調子に乗って老中暗殺を企てたと言う大罪を自分から語って首をはねられる。これがマンガなら余りに現実味がなさ過ぎてNGだろう。「事実は小説よりも奇」を地でいく感の吉田松陰であった。もちろん死ぬまで童貞だったようである。
 高杉晋作は一応松陰門下だが、ほとんど正反対な印象。理想家の松陰に対して徹底した現実主義で、おまけに好色な勢力絶倫男。長州藩代表で香港に渡航した時のエピソードが面白い。なかなか船が出航せず長崎に長期滞在を余儀なくされた高杉は、大金を払って遊女を落籍して同棲し身の回りの世話をさせた。ところがその出費が痛くて渡航出来ないかも知れないと困っていると、その女が「もう一度あたいを売り飛ばせばいい」と申し出てくれたので、元の持ち主に彼女を売り戻し、プラマイゼロで無事渡航したと言うウソみたいな話。よほどその女の性格が良かったのだろうが、それだけの魅力が高杉にあったのだろう。渡航先でも、英国の植民地化されている中国人に義憤を覚えて「なぜ戦わないのか」と煽動しようとしたり、中国の知識人と面会している時無遠慮に入って来た英国人達に「刀が見たいなら見せてやる」と大見得を切って刀を床に突き刺して見せたり。だが、この時腹を立てて傲然とその家を出ようとすると、彼の気迫に飲まれた英国人たちが一斉に敬礼したと言うのも面白い。
 甘やかされて傲岸不遜に育った金持ちのボンボンが松陰に感化されて過激思想に目覚め、怖いもの知らずで暴れ回る、と言うのが高杉晋作のイメージ。悪ガキなんだけど育ちが良くて憎めない。今後は松陰と百八十度異なる快男児高杉晋作の活躍を楽しませてもらおう。


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