愛の渇き 三島由起夫
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杉本悦子は、女性問題で彼女を悩ませつづけた夫が急逝すると、舅弥吉の別荘兼農園に身を寄せ、間もなく彼と肉体関係に陥った。彼女は夜ごと弥吉の骸骨のような手の愛撫を受けながら、一方では、園丁三郎の若若しい肉体と素朴な心に惹かれていく。だが、三郎には女中の美代という恋人がいることを知った時、悦子は……。〈神なき人間の逆説的な幸福の探求〉を主題にした野心作。


☆冒頭から格調が高い名文でヒロイン悦子の心理を緻密に描写。恐ろしい程の緊張感で、この不幸な女性が自ら更なる不幸を求めて破滅してゆく様を貪るように読んだ。
 舞台は都会から離れた田舎屋敷で、年老いた実業家の老富豪が数少ない親族を引き連れて隠棲している演劇的な空間。まるで本格ミステリみたいな設定だが、必要十分な最低限の登場人物の中で濃密な心理的葛藤が描かれ、完成度が非常に高い。筋だけを追うと不可解で狂気しか感じられない悦子の行動が、手に取るようにわかる。彼女が義父の愛人となって抱かれ、公然の恋仲となった若い園丁に罪の告白をした挙げ句殺害してしまうのも、全ては必然だったのだ。
 間違いなく、逆説的な幸福を描いた完成度の高い傑作である。


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