宮本武蔵(五) 吉川英治
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富士の前に、人間は小さい。ならば小さいなりに立派に生きたい! 吉岡一門との大死闘を切り抜けた武蔵。起死回生の勝利の酔いから醒め、敵将とは言え年若い少年を斬り捨てた記憶に胸を痛める。いっそ修行などやめ、愛する女と暮らせたら……とさえ思う。だが猛る恋心をぶつけたお通には、逃げられてしまう。剣の道と人の道との相剋に身を削る武蔵が、飽くなき自問の果てに捉えた閃きとは――。願いは交錯し、隘路へ誘う。邂逅と別離めくるめく第五巻。


☆新潮文庫版の大き目な活字のおかげで500ページ超えの大冊をスラスラと読破できる快感を味わう事が出来た。若い頃は何とも思わなかったが、老眼になると嬉しい仕様だ。もちろん大衆小説として読者を飽きさせないリーダビリティは吉川英治の腕前の賜物だが。
 さて下り松での死闘をくぐり抜けた後の今巻は大きな戦いは起こらず、武芸物としては一休みのような内容。だが、個性豊かな登場人物との巡り会いとすれ違いを通じて、剣の道の求道者として苦悩する人間臭い武蔵の姿が描かれ、読み応え十分。お通や城太郎とようやく同行するようになったと思ったら、つい欲情を生でぶつけてしまったお通に拒絶され、又してもすれ違いの運命。逆に幼馴染の又八やその母お杉と言った敵役には出会ってしまい、実に忌々しい気分にさせてくれる。この辺りのキャラクターの人物造形ややり取りは生々しくリアルで、とても面白い。今巻で登場する権乃助とその母、石母田外記(と殊勲の伊達政宗)、奈良井の大蔵なども印象的なキャラクターで、いずれも初め何者だかわからず徐々に正体が見えて来る描き方なので、興味が尽きる事がない。
 そして何と言っても終生のライバル佐々木小次郎の存在感が圧倒的で、大勢を殺戮しても何ら後悔しない非情さは人間臭く悩む武蔵と対照的だ。今後の展開への期待が膨らむ、素晴らしいエンタメ大作だ。


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