湖中の女  レイモンド チャンドラー
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湖面に浮かび上がってきたのは、目もなく口もなく、ただ灰色のかたまりと化した女の死体だった——マーロウは一カ月前に姿を消した化粧品会社社長の妻の行方を追っていた。メキシコで結婚するとの電報があったが、情夫は否定した。そこで湖の別荘へやってきたのだが……独得の抒情と乾いた文体で描く異色大作。


☆訳者あとがきで見ると、個人的に本作でチャンドラーが遺した長編7作を読破したようだ。これもあとがきからだが戦争中に書かれた作品らしく、いつにも増して重苦しく悲劇的なラスト。ミステリとしての骨格もしっかりして読み応え十分の傑作と評価したい。
 本作でもマーロウは探偵の職責を全うしようと、依頼人のために危険を顧みず行動し、警官に楯突いて留置場に入れられても筋を曲げない、いつもの硬骨漢ぶりを発揮しているが、あくまで狂言回しの役どころ。主役は何と言っても、最後に自爆へと暴走する男だ。愛する女を救うため自らも犯罪に手を染めてしまった彼が、女が殺人を繰り返したのを知って自責の念との板挟みになる悲劇が、強く印象に残る。この救いのなさはやはり戦争中に書かれた影響なのだろうか。マーロウ個人にとっても何も良いことのなかった事件だが、変わらない強さが彼の長所であり、最高傑作「長いお別れ」に繋がったと私は見る。


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