クロニスタ 柴田勝家
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生体通信によって個々人の認知や感情を人類全体で共有できる技術“自己相”が普及した未来社会。共和制アメリカ軍はその管理を逃れる者を“難民”と呼んで弾圧していた。軍と難民の間で揺れる軍属の人類学者シズマ・サイモンは、訪れたアンデスで謎の少女と巡り合う。黄金郷から来たという彼女の出自に隠された、人類史を鮮血に染める自己相の真実とは? クラウド時代の民族学が想像力を更新する、2010年代SFの最前線。第2回ハヤカワSFコンテスト受賞後第1作。


☆戦国武将が現代に蘇った注目の新人SF作家柴田勝家の第二作。思弁哲学的で難解な内容だった「ニルヤの島」とは一変して、次々にアクションシーンが連続して息も付かせぬ面白さ。エンタテイメントとして一級の内容だった。情報を共有するクラウド通信の発展形として、人類全体で個人の認知や感情まで共有出来る「自己相」と言うアイデアが抜群に面白い。手術を受けて「自己相」を生体に組み入れれば、その人間そのものがコンピュータのような頭脳と身体能力を備えたスーパーマン「正しい人」になってしまうのだ。さらに「正しい人」は全人類と等価になるので民族や国家、あるいは文化などが無意味となり、それを普及させれば結果的に戦争も根絶させるわけだ。が、それに抵抗する人々もおり「難民」だとして迫害されている未来世界が舞台。主人公は軍属のクロニスタと呼ばれる、難民たちに「自己相」を手に入れ「正しい人」となる事の素晴らしさを説得する役職。そんな彼の前に現れた謎の少女。「自己相」で強化された軍人をもしのぐ身体能力で瞬殺してしまう少女は、現人類と異なるネアンデルタール人の生き残りだと言うのだが、少女を保護した主人公は彼女の故郷らしい「黄金郷」を目指して逃避行を続ける・・・
 メインテーマの一つは「正しい人」となって自分の民族や文化を捨てることの可否だろう。それによって戦争が根絶され理想的な世界が訪れるのだろうか? 文化人類学が専門の作者はそれに強い疑問を呈している。主人公は「自己相」を全人類に普及させて理想的な世界を作ろうとする軍に反逆して、多くの軍人を殺害した少女を伴う逃避行中に、「難民」たちを煽動して反乱を起こさせるような行動を取る。当然軍に命を狙われるが、そこでかつての同僚、上司、親友、恋人とも対決し殺し合いを演じる・・・
 この作品はハードSFに分類されるのだろうが、「自己相」のアイデイアに伴う科学的な正確さや文化人類学的知見などは相当怪しく、いわゆる「B級」エンタテイメントだと思う。読んでも退屈なものより「B級」でも面白ければオッケーなので、私は本作を支持する。デビュー以来対照的な作品傾向の2作を発表した柴田勝家、今後も目が離せそうにない。


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