月の影 影の海〈上〉 十二国記1 小野 不由美
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「お捜し申し上げました」―女子高生の陽子の許に、ケイキと名乗る男が現れ、跪く。そして海を潜り抜け、地図にない異界へと連れ去った。男とはぐれ一人彷徨う陽子は、出会う者に裏切られ、異形の獣には襲われる。なぜ異邦へ来たのか、戦わねばならないのか。怒濤のごとく押し寄せる苦難を前に、故国へ帰還を誓う少女の「生」への執着が迸る。シリーズ本編となる衝撃の第一作。


☆上巻だけの感想だと、ごく普通の優等生女子高生が異世界にさらわれて、何もわからないのに女剣士として過酷なサバイバルに挑まされる理不尽さに恐怖を覚えるホラーファンタジ-。なぜか学校まで自分を主と仰ぐ変な金髪男にかどわかされたのに、異世界に放り出されると一人ぼっちでその男を捜す旅に出るよりない。
 だが、この世界にやって来た人間とわかると捕まって投獄されるし、その後近付いて親切にしてくれる人にことごとく騙されてさんざんな目に遭い、誰の助けも借りずに野宿して飢えに耐えながら、襲って来る異形の化け物と命を賭けて戦わねばならない。何の希望も救いもない徹底した過酷な運命だが、なぜ自分がこんな目に合わねばならぬのかと言う説明が一切与えられないのが怖い。おまけに事ある毎に自分が元いた世界の様子を見せつける猿の存在がさらに彼女の絶望を増幅する。この世界から元に戻る事は出来ないと断言されるし、元いた世界でも両親を含めて関わっていた人達の悪意を見せ付けられ、仮に戻ったところで自分には居場所がないと思い知らされる。だから早く死ね、とそそのかす猿に対して主人公は絶対に生き延びて元の世界に戻ってやると言う決意を逆に固めるのだ。全てを奪われて生存本能が剥きだしになっていく人間の業の深さを見せ付けられるような読後感で、この後何らかの新たな展開が待っていると思わなければとても耐えられない。
 こんな気分の悪くなるような状況を一切妥協せず描き切った作者には脱帽である。


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