ハーモニー 伊藤計劃
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〈ベストセラー『虐殺器官』の著者による“最後”のオリジナル作品〉
これは、“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語——急逝した著者がユートピアの臨界点を活写した日本SF大賞受賞作


☆ラノベ風に書かれた本格SFと言う感じで、意外と読者を選びそう。JK3人組の会話で始まる軽さや中二病みたいな登場人物の名前だけで読む気をなくす人もいるだろうし、逆にラノベ的に気軽に読もうと思ったら内容のハードさに耐えられないかも知れない。個人的にほぼ冒頭の場面で「涼宮ハルヒの憂鬱」と同じようなセリフがあって(パクったに違いない)ニヤリとしてしまったのだが、あのアニメの世界観とかやたら小難しそうな長門有希の設定とかを面白いと思える人なら大いに楽しめる作品だと思う。問題の場面は次の通り。
ミァハはそんな社会を憎悪していた。親は子を選べないかもしれないけど、それを言うなら幼子は何ひとつだって選べやしないわけで、せめてセカイひとつぐらいはどうにかならなかったのか、とミァハは口癖のように言っていた。だからそうやって親切に近づいてくる男子女子に対し、最初は丁重に断りを入れ、あまりにしつこいと最後は、「ただの人間には興味がないの」とあっさり言い放つ。まるで、宇宙人や超能力者でも持ってこなければ話にならん、と求婚者に理不尽を告げるかぐや姫のよう。

 舞台は多発するテロや核兵器使用により汚染された地球に生き残った人類の暮らす、病気が一掃されたユートピア社会。ある年齢まで成長した人は皆医療監視装置を埋め込まれ、健康を害するような行動は予防の段階から忌避されるため、事故や老衰以外で死ぬ人はいない。さらに幼時から人は一人ひとりが大成な社会の中のリソースであると徹底的に教育され、お互い同士を優しく気に掛けてやるのが体に叩き込まれているため、諍いも争いも起きようのない文字通りの理想的社会。
 が、そんな社会に息苦しさを感じた女子校生3人組が一緒に自殺を試みるのがストーリーの始まり。首謀者のミァハは目的を達成するが、主人公を含めた後の二人は生き残ってしまう。それから10年以上経った世界に未知の存在から恐怖の宣告が。これから定められた期間内に誰かを殺せ、さもないと自殺することになる、と。この宣告がただの脅しでない事を示すかのように、これを全世界にTVで伝えたニュースキャスターは突然ペンを眼球に突き立て脳内をかき乱して自殺してしまう。ここはエロゲ創世期の怪作「雫」で毒電波にやられた女子高生が自分の喉にハサミを突き立てて死ぬバッドエンドを想起した。
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 この辺りから物語は大きく動き、死んだはずのミァハと主人公がチェチェンの山奥で再会して衝撃的なエンディングを迎えるまで息も付かせぬ面白さ。変な先入観を持たず読んで欲しいもの。
 この完璧医療ユートピア社会が行き着く果ての恐怖を描いた伊藤計劃が、自身余命いくばくもないガンとの闘病生活の病室で執筆していた、と言うのは嘘のような事実。完成後間もなく亡くなってしまうのだが、自分の病魔も治してくれるはずの未来社会がユートピアでなくより深い絶望に繋がるディストピアだと喝破した彼こそ本物のSF作家と言えるのではなかろうか。


参考動画→「ハーモニー」劇場本予告

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